中国の第5皇子・永琪(えいき)は、史実ではどんな人物だったのでしょうか?
永琪は清の第6代皇帝・乾隆帝の五男で、多くの皇子の中でも「もっとも愛され、信頼された皇子」と伝えられています。
ドラマの中でも登場することが多く、「実際の永琪はどんな人だったの?」と気になった方もいると思います。
この記事では、中国の第5皇子・永琪(えいき)に焦点を当てて、史実ではどのような生涯を送ったのか、できるだけ分かりやすくご紹介していきます。
中国の第5皇子永琪(えいき)とは
永琪(えいき)は、『瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜』の中では、赤ちゃんの頃に体や目が黄色いという理由で、高貴妃に土に埋められそうになったあの子として登場します。
では、あの永琪(えいき)は史実ではどんな人物だったのでしょうか。
ここからは、ドラマにも登場する第5皇子・永琪について、実際の歴史上の姿をご紹介していきます。
中国の第5皇子永琪(えいき)
永琪(えいき)は、頭脳明晰で人柄も良く、将来の皇太子候補とも言われた人物です。
乾隆帝の多くの皇子たちの中でも、とくに愛されていた皇子として知られています。
しかし、永琪は25歳という若さで骨結核の病に倒れ、その生涯を閉じました。
第5皇子・永琪(えいき)の基本プロフィール
| 生まれ | 1741年3月23日 |
| 没 | 1766年4月16日(享年25) |
| 病名 | 骨結核 |
| 名 | 永琪(えいき、ヨンキ) |
| 姓 | 愛新覚羅(アイシンギョロ) |
| 父 | 乾隆帝 |
| 母 | 愉貴妃(ゆきひ) |
永琪は勉強熱心で、モンゴル語・中国語・満州語を習得していたと言われています。
さらに芸術面にも優れ、武芸にも長けており、武道や刀剣術なども得意としていたと伝えられています。
結婚もしており、正妻のほかに側室もいて、6男1女に恵まれました。
まさに「次世代を担う皇子」として期待されていたからこそ、若くしての死は乾隆帝にとって大きな痛手だったと考えられます。
史実の永琪とドラマ『瓔珞』の永琪の違い
ドラマ『瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜』では、永琪は赤ちゃんの頃に体や目が黄色いことを理由に、高貴妃に土に埋められそうになるエピソードで描かれています。
かなりショッキングなシーンなので、「史実でもそんなことがあったの?」と心配になった方も多いかもしれません。
史実の永琪については、そのような出来事が記録されているわけではありません。
むしろ、勉強熱心で語学にも長け、武芸や芸術にも優れた、将来を嘱望された皇子として伝えられています。
ドラマで描かれる残酷なエピソードは、あくまで「高貴妃の冷酷さ」や宮廷の厳しさを強調するための創作と考えるのが自然です。
とはいえ、「あの土に埋められそうになった赤ちゃんが、実際の歴史では皇帝からもっとも愛されていた第5皇子・永琪なのかも」と想像しながら史実を知ると、ドラマとはまた違う視点で清朝の世界を楽しめると思います。
骨結核を患う
1765年、第5皇子・永琪(えいき)は骨結核を患います。
最初は風邪のような症状から始まり、その後は寝たきりの状態になってしまいました。
乾隆帝は病床の永琪を励まそうと、栄親王の称号を与えます。
それほどまでに期待し、愛していた皇子だったことが分かります。
しかし数か月にわたる闘病の末、永琪は骨壊疽ともいわれる難病により、この世を去りました。
現在の医学的な名前では「骨結核」にあたる病気と考えられています。
同じ一族の中にも同様の病にかかった人はいましたが、遺伝というよりは当時の衛生環境や治療法の限界も大きかったと考えられます。
次期皇太子候補だった永琪
永琪(えいき)は、乾隆帝がもっとも愛し、高く評価していた皇子の一人でした。
学問・語学・武芸に優れ、人格面でも信頼されていたことから、次期皇太子候補として有力視されていたとされています。
もし永琪が病に倒れず生きていれば、皇太子、さらにはその先の皇帝になっていた可能性もあったかもしれません。
そう考えると、25歳という若さでの死は、乾隆帝にとって本当に残念で大きな喪失だったと言えるでしょう。
第5皇子永琪(えいき)が登場するドラマ
第5皇子・永琪が登場する中国ドラマとしては、次の作品があります。
▶ 如懿伝(にょいでん)キャストや相関図★あらすじをご紹介
▶ 瓔珞(エイラク)キャストや相関図★あらすじをご紹介
とくに『如懿伝(にょいでん)』では、永琪が「優秀で期待されていた皇子」として、比較的史実に近い形で描かれています。
一方、『瓔珞(エイラク)』では、生まれたときに金色の瞳だと騒がれ、不吉だとされるエピソードがありますが、史実ではそのような記録は残っていません。
ドラマならではの脚色として楽しみつつ、史実の永琪の姿もあわせて知っておくと、作品世界をより深く味わえると思います。
まとめ:ドラマから史実の永琪を知るおもしろさ
『瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜』や『如懿伝』をきっかけに、「第5皇子・永琪って実際はどんな人だったんだろう?」と気になった方も多いと思います。
史実の永琪は、語学や学問、武芸にも優れた優秀な皇子で、乾隆帝から深く愛され、次期皇太子候補とも目されていた存在でした。
ドラマでは演出のために一部フィクションもありますが、「あのシーンの永琪には、こんな史実の背景があるのかも」と想像しながら見ると、清朝宮廷ドラマの世界がさらに立体的に感じられます。
これから『瓔珞』や『如懿伝』を観るとき、そして見返すときに、第5皇子・永琪という実在の人物にも少し思いを馳せてみてもらえたらうれしいです。



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