中国ドラマによく登場する清の皇帝・乾隆帝(けんりゅうてい)。
ドラマの中では皇后や側室との恋愛模様や、政治の駆け引きがたくさん描かれますが、史実ではどんな人物だったのか気になりますよね。
この記事では、乾隆帝の基本プロフィールや生涯の流れ、皇后・側室たちとその子どもたちについて、できるだけ分かりやすくまとめました。
ドラマを観る前にざっくり人物像を知っておきたい方や、視聴中に「あれ、この人って実際どういう立場だったんだろう?」と気になったときの参考になればうれしいです。
乾隆帝(けんりゅうてい)
乾隆帝の基本プロフィール
| 項目 | 内容 |
| 名前 | 乾隆帝(けんりゅうてい) |
| 本名 | 弘暦(こうれき) |
| 清朝での序列 | 清朝第6代皇帝 |
| 在位期間 | 1735年10月8日から1796年2月9日まで(約60年間) |
| 生年月日 | 1711年9月25日 |
| 没年月日 | 1799年2月7日 |
| 父 | 雍正帝(ようせいてい) |
| 祖父 | 康熙帝(こうきてい) |
| 時代背景 | 清朝の最盛期とその後の変化の時代 |
乾隆帝の生涯と出来事
乾隆帝(弘暦)は、清の第5代皇帝・雍正帝の第4子として生まれ、祖父・康熙帝の時代から大切に育てられました。父の後を継いで皇帝に即位すると、軍事や政治の手腕を発揮し、清の版図を最大まで広げた皇帝として知られるようになります。
在位中は、文化や学問の保護にも力を入れ、多くの書物や芸術品を収集・整理させる一方で、思想統制のために書物を禁じる「文字の獄」も行い、その評価は「文化を愛した名君」であると同時に「厳しい面も持つ皇帝」として二面性があります。
晩年になると、贅沢な生活や側近の汚職などにより、政治の乱れも目立つようになりましたが、在位期間は60年と長く、その後も太上皇として実権を握り続けたため、清の最盛期とその後のゆるやかな衰えまでを見届けた皇帝といえます。
乾隆帝の皇后・側室と子どもたち
ここでは、乾隆帝の正室である皇后をはじめ、代表的な側室たちと、そのあいだに生まれた子どもたちについて整理してご紹介します。
名前だけでは関係が分かりにくい清朝の後宮ですが、「誰がどの立場で、どの皇子・公主の母なのか」をざっくりつかめるようにまとめました。
正室
孝賢純皇后(富察(フチャ)氏)
- 長女
- 三女:固倫和敬公主
- 二男:端慧皇太子永璉
- 七男:哲親王永琮
継皇后(ナラ氏)
- 十二男:貝勒永璂
- 五女
- 十三男:永璟
側室
孝儀純皇后(ウェイギャ氏)
- 七女:固倫和静公主
- 十四男:永璐
- 九女:和碩和恪公主
- 十五男:永琰(嘉慶帝)
- 十六男
- 十七男:慶親王永璘
慧賢皇貴妃(ガオギャ氏)
なし
純恵皇貴妃(蘇氏)
- 三男:循郡王永璋
- 六男:質親王永瑢
- 四女:和碩和嘉公主
慶恭皇貴妃(陸氏)
なし
哲憫皇貴妃(フチャ氏)
- 長男:定親王永璜、
- 二女
淑嘉皇貴妃(ギンギャ氏)
- 四男:履親王永珹
- 八男:儀親王永璇
- 九男
- 十一男:成親王永瑆
婉貴妃(陳氏)
なし
穎貴妃(バリン氏)
なし
忻貴妃(ダイギャ氏)
- 六女
- 八女
愉貴妃(ケリェテ氏)
●中国の第5皇子永琪(えいき)とは史実では一体どんな人物だったのか?
循貴妃(イルゲンギョロ氏)
なし
晋妃(フチャ氏)
なし
容妃(ホージャ氏)
なし
舒妃(イェヘナラ氏)
- 十男
惇妃(汪氏)
- 十女:固倫和孝公主
乾隆帝が登場するドラマ・映画
ドラマ
- 還珠姫 〜プリンセスのつくりかた〜(1998年)
- 雍正王朝(1999年)
- 乾隆王朝(2003年)
- 乾隆與香妃(2004年)
- 宮廷の諍い女
- 宮廷の秘密〜王者清風
- 如懿伝 〜紫禁城に散る宿命の王妃〜
- 瓔珞〜紫禁城に燃ゆる逆襲の王妃〜
など
映画
- フライング・ギロチン
- 背徳と貴婦人


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